オープニング

 玩具で回る、夢の世界。
一つのコンテンツを中心に、人が、経済が、人生が……メリーゴーラウンドのように回っている。男子なら一度は、幼少のみぎりに触れたことのあるモノ。

そう『プラスチックモデル』だ。

 名誉も。地位も。金も。女も。この世界では、模型《モデル》が左右している。
 統一国家【タイラント】とはそういう世界だ。
 そんな世界に住んでいる私から、挨拶代わりに一言を言わせてもらうとしたら――

この世界の模型《モデル》はクソだ。

01

(どうして!)

 年齢は一七才。スラッと高い上背を、コート調の黒いジャケットで包む。下は、赤チェックのパンツにブーツ。ジャケットのデザインに合わせられたハンチング帽子をまっすぐ被る。少年の競歩によって、胸元のリボンタイが跳ねていた。

(どうしてどうして!)

切れ長の瞳は黒真珠の輝きを放つ。凛々しく、整った面立ちを加えれば、店頭看板や雑誌のモデルに起用されていてもおかしくない。

【ソーンラッド・リブソール】は、人目を引くほど恵まれた外見をしている。

 そんな彼は、現在口をひん曲げていた。
 背筋をまっすぐ伸ばし。前傾で。大股で。憤然に歩いていたと思ったら、オデコをぶつける勢いでショーウィンドウの展示物を見た。むしろ、睨みつけた。

(どうしてッ……こんなものが!)

 ソーンラッドは「ふん!」と、鼻息を漏らして再び歩き出す。

(歪んでる、腐ってる、間違っている!)

 統一歴五一年。統一国家タイラント。
 長い戦争が終結し、世界に安寧が訪れたのはつい半世紀ほど前。その後、行われた戦災復興事業が国民を熱狂させ、それに派生した玩具が、国民の心を鷲掴みにした。現在は文化として浸透し、愛されている。その名も――

(模型《モデル》!)

 プラスチックで製造された組み立てキット。
 部品を組み合わせることによって、一つの造形物が完成する。プラスチックモデルは戦後、この世界で最も発展した文化の一つと言えよう。
 まず教育。
 全ての学校の履修科目には『模型』がある。小学校(プリスクール)では足の速い子より、模型を作れる子の方が断然モテる。何故なら、模型の技術は進路においてメリットしかない。高校(ハイスクール)進学の際には、『模型枠』と呼ばれる推薦枠が存在するほど。
 次に仕事。
【将来就きたい職業ランキング】の結果は以下。
 一位、ビルダー(メーカーから依頼を受けて模型を組み立てる人)
 二位、大手玩具メーカー
 三位、デザイナー
 トップビルダーともなれば、年俸何十億ラントを稼ぐ世界だ。ちなみにラントの相場は、一〇〇ラントでジュース一本分。
 最大手の玩具メーカーならば、のべ数百万人の生活を支えている。本流の親会社に就職したともなれば『天下の●●に?』と、社会的な信用と地位が手に入る。次いで企業に縛られない、模型《モデル》案件に関わる『デザイナー』や『造形士』といったフリーのクリエイターに憧れる者も多い。
 そして社会。
模型《モデル》クリエイターとは、特殊技能枠――例えば、医者や弁護士のような――社会的認知度が高く、高給取りで、潰しが効くイメージが強い。婚活市場なら、年齢や容姿などお構いなしに女が向こうから寄ってくる。まさに、国民から最も愛されるエンターテインメント。それが模型《モデル》。
 ソーンラッド・リブソールが気に食わないのは、どこを歩いても目に入ってくる、この模型《モデル》が原因だった。

(機能性重視の、似たようなデザインの焼き回し! どれを見ても最中最中最中最中! せめて遊びを持たせろ! チョコを入れようという発想も湧かないのか!)

 最中というのは『モスト(最も)インサイダー(中心)』という、ヒット作の焼き回しの暗喩だ。玩具デザイナー間で伝わる、悪口のようなものである。ソーンラッドのみが知り得る言葉。

(違うだろう! 一強、一辺倒のエンタメなんて! 全く違う魅力が氾濫して、煩雑して、食い合うのがエンターテインメントじゃないのか?)

 力の籠った一歩が踏みしめるのは、赤いレンガの街道。
 整然と並んだレンガ道が続き、街中に枝葉している。レンガの間にレールが通り、路面電車が街道を行き交っている。とんがった屋根が特徴の建築様式が街の雰囲気を作っている。
 レトロでありながら、アーティスティック。
 中世の西洋建築を彷彿させる建物群であり、街並みだった。そんな風情のある外観とは対照的に、人々の持つ小物はどれもハイテクノロジーの数々だ。
 ベンチで腰かけた老人が読んでいるのは光学の画面――新聞のホログラフ。
 路面電車に乗る学生たちや、社会人の掌の上には小さな光学画面。実像を持たないインターネット電話端末【スマート】。
 装身具といったアクセサリー形状が主流で、身に着けている限り、この光学画面はどこでも呼び出せる。
 街頭では、ホログラフの広告看板が並び、ニュースの中継等も流れている。
 街の奥側に見える巨大な建物。大聖堂を彷彿させるソレは、様々な店舗を集合させたショッピングモールとなる。
 中世の街並みをそのまま技術革新させたような……ソーンラッドが生まれ育った【Ⅲシズオカ】はそんな、伝統と革新が同居する地方シズオカだ。

(こんな焼き回しの擦り倒しで、どうして需要側は満足できるんだ。最中を千回食えばさすがに飽きないか? ちなみに俺は見たくもない!)

 一際大きく、目を引くホログラフモニター。
 其処にはソーンラッドが嫌悪する、元凶が映し出されていた。

(すべては{コレ}のせい……この世界を歪めている諸悪の根源!)

 誰もが巨大モニターに引きつけられ、その視線を釘付けにする。
 光学の巨大モニター――流れてくるのは歓声。
 モニター画面の中で、巨大な『人型の鉄』が二機、ぶつかった。
 昨晩の試合のハイライト映像のようだ。砲弾の爆発がモニター内を飲み込み、勝敗がつく。
 モニターの中でも、外でも歓声が起こった。

『勝者! チーム【ビーダッド】!』

 モニターにアップで映し出されたのは、まるで造形物(フィギュア)のように整った、中世的な顔立ち。銀髪に、青いコスチュームスーツを身に纏うパイロットだ。

『強い! 強すぎる~! 予約戦を制したのはビーダッド! エースは前回に引き続き、アマネ・ミルク選手! まるで他の追随を許さない戦闘でしたねー!』
『戦場のショーダウンの異名、今宵も見せてくれましたねぇ。見てください、ビーダッドのベリオンドMk4。予約は注文殺到です』

 実況解説と共に映し出されたのは、折れ線グラフだ。
 赤と青の折れ線グラフで、青のグラフが急上昇しているのが分かる。
 青のグラフと共にモニターに紹介されているのは、アマネという選手が試合で乗っていた人型ロボットだ。
 ソーンラッドはまるで親の仇でも見るように、そのロボットを睨みつけた。

(どうして、あんなものが売れる!)




 ソーンラッドの通うシズオカⅢアカデミー(通称Ⅲアカ)は、元は由緒ある軍学校だ。
 制服が軍服のデザインに寄っているも、その時の名残といえる。今では専門技能を重点的に教える商業学校に、一部の進学クラスを設けている。
 一学年六クラスの、時代を感じさせる教室。
 三人一脚の長机が横に三列、縦に四列と並ぶ。木目調の古ぼけた席だ。
 一番後ろ、窓側の机がソーンラッドのお気に入りの場所である。
 制服を真面目に着ているのはソーンラッドくらいだ。他の者は着崩したり、リボンタイを外したりと様々だ。

「やっと内定もらったー。タイラント交通~。これで就活から抜け出せる」
「おめでとー。でもメーカー系は受けなかったんだ」
「ムリムリ。狭すぎるもん。そこは未来のダンナさまに!」

 教室は進路の話題で持ちきりだった。
 Ⅲアカの生徒というよりⅢシズオカに住む学生のほとんどが、高校(ハイスクール)を卒業したら就職する。進学生は『就活に失敗した生徒』もしくは『就職したくない生徒』という目で見られるのがⅢシズオカの風潮だ。
 更に言うと、女性は就職活動を終えたあたりから結婚活動を視野に入れる。
 早ければ成人(一八才)してすぐ。遅くとも二四までには家庭に入りたいが本音。
『堅実』&『高給取り』のイメージが定着している玩具関係者の妻になるのが、一般的な女性の勝ち組コースとなっている。

(古巣の方じゃ考えられない現象だよな)

 小太りで汗っかきのクラスメイト、ドンファンを見ながらそんなことを思う。
 金髪の髪に、キリっとした顔で模型《モデル》を作っている。少し離れたところでは女子三人が色めいた顔で熱い視線を送っている。彼がビルダー志望なのは周知のことだ。大手玩具メーカーの内定も決まっており、現在は学年トップスリーに数えられるモテ男に昇格している。
 愛妻の座を狙い、水面下では熾烈な女たちの牽制が始まっていると聞く。

「ふー!」

 ドンファン君が鼻息を強く吐いただけで、クラス女子は「きゃー」と声を上げる。
 すべては模型《モデル》。
 社会や経済だけでなく、人心までも回してしまう怪物コンテンツ。

(すべては【玩具経済社会】と【バウト】が作り出したもの)

 ソーンラッドの視線に冷気が帯びた。あからさまな嫌悪だけでなく、それには憤りの色も混じっている。一人でぐるぐる考えを巡らせていると――

「ソーソー!」

 耳慣れた女子の声が耳に刺さる。ソーンラッドは声を掛けてきた主に視線を送る。

「なんで今日、アケゾン橋を通らなかったの!」

 揺らした肩と、栗色のサイドテールが跳ねる。怒っていますと挙動で主張していた。

「かしましいぞ、アルジェ。知的な朝をむかえられなくても、まぁ我慢しよう」
「ハァ⁉ そっちがいつもの通学路、通らなかったからこうなってるんでしょ⁉」

 亜麻色の長い髪に、赤みが入った大きな瞳。目元は勝気だが、笑うと花が咲いたように場が華やぐ。覗く八重歯は妙な愛嬌があった。

「そもそも。一緒に通う約束自体してないだろ。付き合っているわけでもないし」
「ハァ―――ッ⁉ 小学校からの不文律でしょ⁉ 慣例よ! 因習よ! こっちだって本当はイヤなんだから! 何よ、その面倒くさそうな顔!」

 アルジェの容姿は美しい。
 一〇人が見れば九人以上は、綺麗ないし可愛い等と評するだろう。

「今日も可愛いなって。おまえ、無駄に美人だから、全力で罵倒できないんだよ」
「ハ、ハァ⁉ バッカじゃないの? 口説いてるつもり⁉ あんたみたいな偏屈な模型《モデル》評論家気取り! 結婚なんて、絶対してあげないんだから!」
「絶対は凹む。せめてワンチャン。幼馴染だろ?」
「凹むの? 凹むんだ。へへ……」

 痴話喧嘩の末、ソーンラッドの隣に当たり前のように座る少女。

「お弁当。多く作りすぎたから恵んであげる」
「いつもすまん。たまにはゆっくり寝ろよ」
「エマール海老のフライとタコさんウィンナー、入ってるから」
「俺の好きなものばかりじゃないか」
「たまたまよ! 勘違いしないで、フン!」

 ソーンラッドは鉄面皮のままお弁当をカバンにいれた。
 ちなみにスタイルも良い。出るところは出ており、太もももムチムチしている。お尻は見事な安産型。『将来元気な子供を産んでくれそうだよな』と、クラスメイトが軽口を叩いていたら殺意が湧くくらいの間柄。

「改めておはよう、アルジェ」
「ふん! おはよう、ソーソー!」

 アルジェ・メッセル――文武両道、才色兼備なソーンラッドの幼馴染である。
 ソーソーという呼び名は、「ソー」ンラッド・リブ「ソー」ルの「ソー」を二つ繋げて読んだものだ。

「うちのクラスじゃ、お前と俺くらいか。進路が決まってないの。アルジェはどうするんだ?」
「……考え中」

 アルジェは犬が耳を畳んだみたいになる。
 一八になり、成人すれば社会の一員。
 就職活動に失敗したとしても、何らかの形で就労することになるのがタイラントの社会だ。それは非正規雇用(アルバイト)だとしても。
 アルジェの家は、戦後から続く模型《モデル》の金型工場だ。家を継ぐだけでも将来が約束されている。稼業を継がなかったとしても成績はトップ、内申点も上々。
 更にアルジェは、企業垂涎ものの『特殊技能』がある。本気で就職活動をしたらその日の夕方には内定をもらっていることだろう。

(俺に、気を遣ってるんだろうな)

 ソーンラッドは、少し申し訳ない気持ちになった。

 午後の体育。
 体操服姿のソーンラッドは息を切らして、体育館の端に座り込む。今日の授業は大嫌いな球技、バレーだった。ソーンラッドは運動音痴な上に体力もない。一試合もすれば、もはや死に体だ。息を整えながら、体育館の片側で行われる女子の授業を眺める。

『これより【フォルテギア】の模擬戦闘を始める! 商業課、メルル・フォーンバーグ!
特乗課、アルジェ・メッセル! シミュレーター搭乗!』
「「ハイ!」」

 元気よく女の子の声が響く。体育館の隅には、コックピットを模した内装の正方形――訓練用シミュレーターが二基。
 二人がその中に乗り込んだ。すると体育館に備え付けてある、古い壁面モニターが点く。
 生徒たちの歓声が上がった。
 壁面モニターの中で向き合ったのは、二機の巨大な人型――
 全長平均二〇メートル。全重はおよそ三〇トン。
 首が無く、頭部と胸部が合体したようなフォルム。肘、膝、肩をプロテクターのような丸みを帯びた装甲で覆う。背中には六基の排気口がある。
 鈍重な印象を与えるが、その機動力は乗用車の遥か上を行く。足の底面部には分厚いタイヤが備わっており、換装によって様々な環境下での陸上戦を可能にする。

 巨大戦術機兵【フォルテギア】――タイラントの代名詞ともいえる最強の陸戦兵器。

 タイラントの戦争は、フォルテギアの歴史と言い換えてもいい。
 戦後、無用の長物になり果てた兵器の中で、このフォルテギアだけは今も様々なシーンで活躍している。それほどのポテンシャルを兼ね備えているのだ。
 警備。製造。建設。ゴミの収集からホームセンターの倉庫整理に至るまで。フォルテの操縦は広く認知された専門技能の一つだ。免許を持っているだけで、就職の窓口が爆発的に広がる。
 ソーンラッドもアルジェの模擬戦を見物する。
 画面内のロケーションは岩肌の露出した荒野だ。
 そこに二基の巨人同士がにらみ合っている。Ⅲアカデミーのシミュレーターは最高品質のため、映像とは思えない臨場感が画面の中にあった。
 ソーンラッドは「さすがは元軍学校」と、お金の掛け具合に小さな賞賛を送る。

(初めてアレをお目に掛けたときは度肝を抜かしたよな。だって、人が乗り込める巨大ロボットだぞ? これを見て喜ばない男子はいない)

 アルジェが操縦するのは、頭に赤いラインが入ったフォルテだ。
 シズオカⅢアカデミーは軍国主義の名残が根強く残っている。そのため、フォルテギア操縦生は戦闘訓練をたびたびやらされる。
 周囲の視線と期待が集まる中……『始め!』の合図は、{終了の合図}になった。

『キャア!!』

 対戦相手の情けない声が上がる。緑のラインが入ったフォルテギアが尻もちをついて、青天井となった。一瞬、ソーンラッドも何が起こったか分からない。

『勝者! アルジェ・メッセル!』

 拡声器を通し、審判役の教師の声が上がった。開始と同時に、アルジェ機は姿勢を落として距離を詰め、相手機をひっくり返したのだ。
 片足を一本釣りする動作――レスリングでいうタックルの要領だ。
 急加速と急停止。
 片足を掴み上げる際の、正確で精密な操作。
 一瞬で虚を突く作戦に出た、思い切りの良さ。
 また、五階建てのビルを超える巨体でソレをやってのける技量……アルジェの操縦技術は校内でも群をぬいている。

(フォルテでアイツが敗ける姿は想像できんな)

 アルジェ・メッセルは名実ともに学内最強。
 これが彼女の将来にソーンラッドが何の心配も抱かない理由だ。
 アルジェの在籍する『特殊乗機課』は、フォルテギアの操縦適性が高い生徒が集められたクラスだ。アルジェはそこで首位を独走し続けている。
 物心つく頃から、実家の工場でフォルテギアを乗り回しての今日がある。贔屓目もあるが、アルジェならフォルテを使った競技の選手にだってなれる。
 シミュレーターの中からアルジェが出てくると、大勢の生徒に囲まれた。クラスメイトから惜しみない賞賛や拍手が上がった。

(本来、俺なんかとは住む世界が違うんだよな)

 ソーンラッドはぼんやりとそんなことを思った。