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 試合を一週間後に控えた、ある日。

「武器開発が間に合わん! ので、オマエにはアレ一本で戦ってもらう!」

 ソーンラッドの決定がコードビーストを激震させる。

「ちょ! はぁあああ!?!」

 まずアルジェの絶叫にも似た声が格納庫に響く。ハンガーには調整を残すのみとなったハンドレッドエッジが直立している。
 頭頂高二二・三メートル。本体重量二五・三トン。
 ホワイトと黒を基調に、肩や胸部などのポイントをカーディナルレッドで彩色している。テストカラーから一新、黒の獅子は白の獅子へ変貌を遂げていた。
 安定性を重視し、胴長短足になりやすい従来のフォルテギアとは逆を行く造形思想。スタイリッシュでスピーディーなイメージを連想させる。
 外装部は試作に試作を重ねた、鋼ウランジウム多重装甲を採用。エナジータービンを標準三基搭載のところ、小型化に成功したタービンを七基積む。
 慣熟性は史上最低。開発コストも嵩み、量産販売は絶望的。
 まさに、プロモーションによるプロモーションのための魅せ機体。
 ソーンラッド曰く『模型《モデル》を売るための、歌って踊れる張り子の虎』と豪語する仕上がりとなっていた。そんなハンドレッドエッジの機体コンセプトは――

「百の刃を駆る、鋼鉄の獅子! それがハンドレッドエッジだ!」
「勝てなかったら意味ないじゃん!」

 アルジェの意見をソーンラッドは言下に否定する。

「他の武器などもたせたらコンセプトが薄れるわ! ファングソードは試合までになんとか完成させる! お前はアレで敵をぶっ殺すためだけの訓練をしろ!」
「ヤッパ一本で銃持つフォルテに突っ込めって言うの⁉」

 ソーンラッドは「ええい黙れ!」とアルジェの乳を揉んで、頬をグーで殴られた。

「武器のバリエーションを増やし、追加セットとしてオプション販売をする。ハンドレッドエッジに人気が出たら、新機体を出さなくても金を生むぞ。この売り方はダウトムーン独自の権利としてタイラントに登録する。先行者利益もガッポリだろう」
「上長命令です。アージェさん、やってください」
「ベガちゃん⁉」

 金に目が眩んだベガはすぐにソーンラッドの側に着く。ハンドレッドエッジの横では、マツキ班長の指示の元、白兵戦武器の研磨作業が続けられている。
 しかし今回の決定はさすがに他の部下も黙っていなかった。

「ヴィレッジ。大衆はアージェ・メルヴェとハンドレッドエッジの勝利を望んでいます。ここは万全の体制で勝ちに行きましょう」
「勝てなかったら意味が無い」

 デッカーとレベッカがまず言う。アルジェを面倒見ているダードも彼らに加勢した。

「アージェはあの無茶苦茶な機体を乗りこなしつつありやす、完全武装なら例え敵が五人フル出場でも――」
「ファングソード以外の使用は認めん! 以上! 解散!」

 ソーンラッドは話を途中で打ち切った。まるで取り付く島もない。しかし、コードビーストはもはやダウトムーン全体を巻き込んでしまっている。社長直々に「絶対勝て」と命令されていたバウト事業部としても引けなかった。ダードが食い下がる。

「アドバイザー。あんたがすごいのはここにいる全員が認めている。でもその目が何を見ているか、俺らじゃ見当がつかねぇんですよ。考えがあるなら共有してくださらないと」

 ソーンラッドは腕を組む。胡乱気な目でアルジェを見た。
 アルジェは思わず一歩引き、「何よ」と文句を言う。

「……勝率という不確かな要素を、完全武装で上げに行く。そもそもの着眼点で君たちは間違えている」

 進言した四人が言葉を失う。

「私が狙っているのは、{コードビースト商戦の完全勝利}だ。君たちの提案はそれを著しく下げる行為だと思ってくれ」

 ソーンラッドの思惑はバウトの試合内容にまで及んでいた。

「敗北必至の状況を覆すから、ジャイアントキリング足りうる」

 欲しいのは伝説……見せるのは冷徹な機甲戦ではなく、血沸き肉躍る肉弾戦だ。

「誰も為し得なかった偉業の上に英雄は誕生する」

 ソーンラッドはアルジェに厳しい視線を寄せる。

「アルジェ。おまえとハンドレッドエッジの戦いがこの商戦のメインだ。何も考えるな。俺を信じろ。そして……死ぬ気で勝ちに行け」

 アルジェはソーンラッドから覚悟を感じとる。

「そうすれば俺たち、コードビーストの勝利だ」

 そうしてソーンラッドの真意は明かされぬまま、コードビーストは運命の日を迎える。





 コロッセウム。その特別観覧席には、国玩本社からの視察が派遣されていた。

「今日はわざわざありがとうございます」

 賓客として迎えられたのは中性騎士の式典服を纏う、銀縁の眼鏡の男。
 背中には兜と歯車にTNTPと刺繍されたエンブレム。それは【タイラント国有玩具製造】を示す紋章である。
 タイラント国有玩具製造・市場開拓部部長――

「ダッドマンさま……」

 国玩擁するチーム、【ギガースロット】のゼネラルマネージャー、ダッドマン・ロンベルトだ。ダッドマンがバウトを観戦することはまずない。彼はチーム運営に関わる金と人を用意するのが仕事であり、自らを現場から切り離している。
 彼が観戦に赴く――それはチームの査察を意味していた。

「いただいた話とだいぶ風向きが変わってしまったので」

 迎えた彼に視線も合わせない。ギガースロットの監督職に就く男は脂汗を垂らした。

「君は、ランキング二一位の弱小チーム、ダウトムーンとの対戦を所望した。今期の新型、トライバールのプロモーションには丁度いいからと」

 ダッドマンはソファに腰かける。眼鏡の奥にある瞳は冷たい光を放っている。

「現場の声を尊重して私はアサクサへ赴き、公式試合の登録料とは{別に}、ラント金貨を積んできたわけです」
「ほ、本当に申し訳なく思っています」

 バウトの興行は有数資産家、スポンサーが名を連ねる【アサクサ】が取り仕切っている。
 対戦カードも公平を期す為、バウトに出場するメーカーが同時期に複数出た場合、ランダムで試合が組まれる。しかし――――それはあくまで表向きの話だ。
 裏で金を積めば、メーカーは対戦相手をある程度指名することができる。
 これは古くからある慣例で、どこにでもある癒着だった。
 Ⅲシズオカへの工場進出が進んでいる上で、今日の試合はダッドマンにとって絶対に落とせないタイミングだった。模型販売のみならず、新規工場の工員を大量募集するためだ。地元民から反感を買うような事態は極力避けたかったが……。

「試合を組んだ矢先にダウトムーンは宣伝攻勢。Ⅲシズオカのみならず、地方シズオカのほとんどが国玩を目の敵にしています……アージェ・メルヴェと{巨悪}国玩の対戦カードが組まれてしまったせいで」

 ダッドマンは怒りの眼光を監督に浴びせた。
 ダッドマンの強引な手法はもともとネット界隈で非難されていた。しかし、ダウトムーンの新生チーム【コードビースト】と、そのグラップラー【アージェ・メルヴェ】の存在が公にされてから、水面下で動いていたダッドマンの目論見が周知のものになってしまった。
 理由は単純。
 アージェ・メルヴェの実家は、国玩によって倒産の危機に追い込まれている。
 それは紛れもない事実であり、その事態を聞きつけた国玩に恨みを持つ者が、倒産に追い込まれた自らの経緯をメディアに告発したのだ。

「おかげで我々は、中小を苛めるⅠシズオカの手先と思われています。Ⅰ反発の声はより大きくなってしまいました。ダウトムーンとさえ対戦カードを組まなければ、こんなことにはならなかった……それは理解していますね?」
「ハイッ!」
「今日の興行は上層部がとても気にしています。上半期の売上がかかった久しぶりのバウトだからです。数字によっては貴方がたの進退も考えなくてはなりませんよ」
「はい! 必ずや、我らギガースロット! 今日の試合は勝利で飾って見せます!」

 監督は深々と頭をさげ、走るように来賓室を出ていく。
 彼がいなくなると、ダッドマンはため息を漏らした。それから対戦相手である、ダウトムーンのチラシを光学画面で開く。このチラシはバウトの観戦者のみがもらえる、観戦の特典だ。試合後に初めて一般公開される情報でもある。

「……」

 インパクトのあるジャケットだと思った。
 模型《モデル》のジャケットになるパッケージは、組み立てた実物の写真を用いる場合が多い。しかし、ハンドレッドエッジのジャケットは絵師が書いている。
 今日発表となる国玩の模型《モデル》【トライバール】のチラシより遥かにカッコイイ。

「デザイナーの名前は……ヴィレッジ。知らないな。うちでも依頼を受けてもらえないものか」

 デザイナーの名を覚えておく。
 ダウトムーンのチラシは変化に富み、従来のものに比べ、かなり手が込んでいた。ネットの誹謗中傷と共に何度も見た機体、ハンドレッドエッジのデザインを改めて確認する。

「かっこいいじゃないか」

 対してこちらの新作、トライバールが掲げたキャッチフレーズは『王道回帰』。
 首の無い、頭と胸が一体化したデザイン。ダークブルーを基調に、ポイントを黒で塗る。
 従来機よりも四肢の装甲は厚く、全体的に重厚な印象を与える。安定性に優れ、様々な重火器をマウントできるのが最大の売りだ。
 聖地奪還遠征で、聖王国を蹂躙した不朽の名機体『バール一二式』の逸話を被せるのが今回のプロモーションと聞いていた。無論、{バウトで勝ちに行く}機体だ。
 実利を求めれば機能的になる。フォルテギアのデザインに大きな差異が無いのは、歴史の上に成り立つ兵器だからだ。機能性を求めれば、そのフォルムは当然最適化されていく。

「伊達や見栄で勝てるほどバウトは甘くない」

 バウトの勝利無くして、模型《モデル》に勝利はない。
 ダッドマンは一抹の不安を抱えながらも、観客席からコロッセウムを見下ろす。





 スタジアムに広がるのは広大な密林エリアだ。
 背の高い熱帯雨林(ブッシュ)。ぬかるんだ湿地や沼、河までもが流れる。
 楕円形のエリア――その両端壁面に見えるのが、両チームの司令室だ。
 ダウトムーンの指令室には司令のベガと、通信員としてデッカー・チャメル・レベッカ・ダードの四人。ハンドレッドの出撃を完了させたマツキ。
 そして中央のスペースにはソーンラッドが詰めていた。
 正面モニターには、戦場である密林の様子が写されている。右横にはアルジェの顔が映っている。真っ赤なバウトコスチュームに素顔を隠すバイザー。デビュー戦で予想以上に反響があったため、素顔を隠す路線で行くことになった。

「今日まで私のワガママに付き合ってくれたことに、私は決して礼を言わない」

 試合前、最後の檄をソーンラッドは与える。

「言葉など1タイラントの価値もない。皆さんの頑張りに応えられるのは結果だけだと私は思う」

 ソーンラッドが指を差したのは、赤と青の折れ線グラフ――売上メーターだ。
 今日の公式戦は【予約戦】
 新発売する『ハンドレッドエッジ』という模型《モデル》の宣伝試合だ。
 その為、今日の売上メーターは模型《モデル》の予約数を指している。赤がダウトムーンのハンドレッドエッジ、青がタイラント国有玩具製造のトライバールだ。
 たった二分で予約分完売。そんな伝説を作ってしまったハンドレッドエッジは、本日予約を再開した途端、怒濤の予約注文が押し寄せていた。
 タイラントの模型《モデル》需要は、奏形総司が生きていた日本の二〇〇倍はある。それでも、試合返開始前から青の売上曲線は鋭角に上り続けていた。

「すごいすごいすごい!」
「うちのプラモで……こんなに予約が入るなんて」

 チャメルとデッカーが感激の声を漏らす。

「……」

 ベガは無言で目を丸めていた。考えているのは予約数×模型《モデル》の値段―生産コスト=純利益の金額だ。

「じゅる」

 金の計算が終わると思わず唾が垂れる。画面に映るアルジェも安心するように相好を崩した。しかし、それに釘を刺すようにソーンラッドが言う。

「今は好調に曲線を描いているが無様な敗北を晒せば線は止まる。それどころかキャンセルの嵐が起こって下り坂を描くかもしれない。アルジェ。すべてはお前の働きに掛かってる」
『なんで最後にプレッシャーを与えるようなこと言ってくるのよ!』
「事実を言っているだけだがプレッシャーを与えてたらすまんな。あと怒っても美人だから得だよな、おまえ」
「も、もう! そんな風に言われても嬉しくないもん……へへ」

 若干緩んだアルジェにソーンラッドは厳しい口調で言った。

「ただこれは肝に銘じておけ。頑張った。そんなのは金をもらう以上は当たり前だ。成果を出せ。結果を出せ。それが金に繋がる。次に繋がる――――残酷なまでに未来に繋がっている」

 アルジェの顔が再度引き締まる。
 およそ、一七歳の少年が言ったとは思えない含蓄を感じさせた。それも当然。奏形創司は生前に未来を奪われた。世界に。大好きな、玩具に。

「おまえの未来を殺そうとする者。そのすべてをぶち壊してこい」
『うん……行ってくる』

 アルジェは応える。その声は芯の通った、力強いものだった。