08
アルジェは今日、何度目か分からないため息を漏らす。
ソーンラッドはずっと学校を欠席していた。就職活動の関係で、毎晩帰りが遅くなっていると懇意の執事から話は聞いていた。
どういう心境の変化だろう。理由を聞きたくとも、メッセージの返信はこない。電話にも出ない。
(就活、上手くいってないのかな)
頑固で偏屈で見栄っ張りなソーンラッドなら、上手くいっていない姿をきっと見られたくないだろう。しかし、借金五億の幼馴染としては、こういう時ほど傍にいて欲しかった。
デビュー戦の敗北からというもの、アルジェは嘘のように暇になっていた。
グラップラーとしての特訓、宣伝活動など、一切がストップしている。あれだけタイトにスケジュールを詰められていた分、気味が悪かった。
グラップラー契約を打ち切られるのかも。自分は今後、どうなってしまうのだろう。
「ハァ」
またため息が漏れた、そんな時だ。
「?」
昼休みを謳歌していた生徒たちが窓際へ近寄る。人が人を呼び、教室中の生徒が窓辺に押し寄せた。アルジェも何事かと、窓へ近寄る。
Ⅲアカデミーの校庭に滑り込んできたのは特大のトレーラーだ。
「!」
アルジェの視線はトレーラーの荷台に吸い寄せられる。
「アレ――ッ」
『月と杯』の会社ロゴ。
どこかでみたことがあると思えば、ダウトムーンのトレーラーだった。
校舎に側面を向けてトレーラーは急停止する。その荷台が、リフトでゆっくりと持ちあげられていった。観音扉を開くように荷台が解放される。荷台の内側はすべてモニター画面となっていた。それは移動ライブや宣伝等に使われるキャンペーンカーだ。
トレーラーの荷台ハッチが段階的に拡張してゆく。
モニター画面に映ったのは一機のフォルテギア――
生徒たちがざわめき出す。
映し出されたフォルテギアは異質にして、異端の外観をしていた。
鋭角かつ痩身のボディ。スタイリッシュで素早いイメージを見た者に与える。全身はブラックとダークグレーに塗られ、夜光性塗料を思わせるグリーンでポイントが彩色されている。二眼カメラが採用された頭部。トサカのような冠飾りを付け、実に伊達の効いたデザインだ。画面下には【百刃】というマークが効果音と共に現れる。
それはソーンラッド・リブソールがデザインした、世界に一機だけのフォルテギア――
「ハンドレッド、エッジ?」
アルジェがその名を呟く。画面底面に機体名称『ハンドレッドエッジ』の文字が、誇張して表示された。キャンペーンカーに映し出されたのはテストカラーバージョンだ。納品されたパーツを素組みしたためこのカラーとなっている。
何よりも生徒たちの視線を奪うのはその胸元だ。
「獅子?」
アルジェは呟く。機体の胸には、獅子の意匠が付けられていた。
「映ってるの、フォルテギアだよな⁉」
「腰ほっそ。顔もあって……なんか人みたい」
「宣伝? どこのメーカーかな?」
生徒たちから怪訝そうなコメントが噴出する。
それもそのはず。フォルテギアのデザインはその大部分が{首を持たない}。
これは前部装甲を厚くすることで正面からの放火に耐えるためだ。また胴長・短足のデザインは、機体の安定性を大きく向上させる。
機能性――機甲戦の勝率――を上げるために帰結していったフォルムが浸透し、デザインに定着するのは当然の話だ。故に……。
「近く行ってみようぜ!」
生徒たちの好奇心は爆発する。我先にと、校庭に向けて走り出す。
『シズオカⅢアカデミーの生徒の皆さん。初めまして』
モニターに映ったのは、助手席に座る一〇才前後の少女だ。
「ベガちゃん⁉」
アルジェが窓から身を乗り出す。
スピーカー超しに聞こえたのは、自分の直属の上司、ベルガベガ・アマノガワの声だった。
『私たちはチーム【コードビースト】です。そしてこのフォルテは、栄えあるデビュー戦を飾る新型機、その名も【ハンドレッドエッジ】』
ベガの言葉に合わせ、荷台モニターに《ハンドレッドエッジ、予約戦決定!》というテロップが表示される。
『奔る百の刃、このハンドレッドエッジを駆るのは、あのビーダッドのアマネ選手と善戦した、新進気鋭のグラップラー――』
壁面モニターの左右に、前回のアマネ戦の様子が映し出される。真っ赤なバウトスーツに、目元をバイザーで隠した美少女グラップラー。中央モニターにデカデカと映ったのは、制服姿の――現在進行形で校庭を見ている――アルジェだった。
『アージェ・メルヴェこと、皆さまのご学友、アルジェ・メッセルさんです』
突然の暴露でアルジェは真っ白になる。
「メッセルさん、グラップラーになったの⁉」
「Ⅲアカデミーから初のグラップラー⁉」
「すげ――――!!」
驚天動地の大ニュースは校内に留まらず、一時間後にはネットニュースとなってタイラント中を駆け回る。こうしてダウトムーンの新型【ハンドレッドエッジ】とそのグラップラー【アージェ・メルヴェ(=本名:アルジェ・メッセル)】の予約戦がお披露目される。
ソーンラッドは自分のスマートでネットの反応を見る。
(おーおー、やっとるなぁ)
思惑通り、生徒たちが挙げたハンドレッドエッジの写真と広告テロップが物凄い勢いで拡散している。ちなみにトレーラーもハンドレッドエッジも、現在校庭に置きっぱなしである。昼休み現在、生徒たちが近くに来ては写真を撮っている。
このゲリラプロモーションは、ソーンラッドが打ち出したものだった。
危うく軍警を呼ばれそうになるがソーンラッドが介入したことで事なきを得る。
『就職が決まった問題児のやったお茶目』……ということで先生方からはお目零しをもらったのだ。すべて計算通りだった。
中堅とは言え、模型商社に就職した生徒。更には、我が校にグラップラーが誕生したともなれば、学校側は万歳三唱で迎えると踏んでいた。
「どーゆーことよ! バカソーソー!」
校長室に殴り込んできたのはアルジェだ。先に、校長室へ通されていたソーンラッドとベガは、高価なお茶請けと紅茶で一息ついていた
「よ。スーパースター」
「こ・じ・ん・じょ・う・ほ・う! てか、なんでアンタがベガちゃんと一緒にいるの!」
ずんずんと大股で近寄ってくる。
「なんでずっと連絡くれなかったの! 寂しかった! 何よその恰好、かっこいいじゃない!」
「ありがとう、おまえも三六五日キレイだよな。あと校長先生の御前だから、俺の隣に座ろうか。いい子だ。どーどー」
「落ち着けるわけないじゃないバカ! バーカ!」
キレまくりながらソーンラッドの隣に座る。ソーンラッドの皿からケーキを奪うと、ぱくりと口に含んだ。ベガはアルジェを横目で見ながら、グラスのジュースをストローで呑んでいる。
「アルジェくーん。まさか君がグラップラーになってたなんてー」
揉み手で近寄ってきたのは、おかっぱ頭に長い髭を蓄えた学者風の校長だ。
「いろいろあるんでしょうが、やっぱり学校側には教えてもらわないと」
「校長先生……」
アルジェは今更バツの悪そうな顔になる。反してソーンラッドはほくそ笑んだ。校長が三度の飯よりバウトが好きなことはⅢアカデミーで有名な話だからだ。
アルジェは手に持ったケーキの残り半分を口に入れる。素早く咀嚼し、ソーンラッドの呑んでいた紅茶で胃に流し込んだ。それからソーンラッドに耳打ちする。
「アンタ、私の事情知ってるでしょッ、そもそもなんでダウトムーンにいるのよ」
ソーンラッドは空気をまるで読まず、通常のトーンで返す。
「おまえ、着歴二八九件はやばいって。メッセ三二一件は普通、戦慄が走ると思うが俺のことを好きでやったのなら仕方ない」
「すすす! 好きじゃないわよ! 自意識過剰! ナルシスト!」
「ヴィレッジ。それ、普通ならストーカー認定していいレベルですよ」
「いや。うちのアルジェはこれが平常運転なんだ」
「うちのって、どこのよ! かか! 彼氏面すんなッ……えへへ」
怒ったり照れたり大忙しのアルジェを他所に、二人は話を進める。
ソーンラッドとベガはアルジェの予定や試合スケジュールを伝え、学校側にも是非応援に来て欲しいという。
更には{校長にだけ}、当日のプレミアムチケットをプレゼントした。
アルジェは疑問を何も晴らされぬまま、サイン色紙を書かされる羽目に。こうしてソーンラッドとアルジェは、試合が終わるまでの三カ月間、学校認可の休みをいただくことになった。