06
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【ヴィレッジ】
玩具業界の御伽話にして、造形界隈なら一度は耳にしたことがある怪物デザイナー集団。破格の契約料でデザインを請け負う代わりに必ず商品をヒットさせると言われる。
『ヒット確約の神絵師集団』
『玩具業界の切り札』
『大ヒットの裏にヴィレッジあり』
怪物デザイナー、ヴィレッジ(PN)が手ずから振るいに掛け、手塩をかけて育てたデザイナー達だけで形成される。ヴィレッジの系譜は長年かけて、業界に確固たる地位を築いてきた。
生前の奏形創司は、その【ヴィレッジ】に名を連ねていた。
ヴィレッジに敗北は許されない。ヴィレッジとは勝利の代名詞であり、業界における絶対のブランドでありつづけなければならなかった。しかし、創司はその重圧に耐えきれず、ヴィレッジの系譜であることを隠し、フリーランスのデザイナーとして活動する。
ヴィレッジの名は使えないため、最初は当然苦労した。
しかし、作品が世に出るに連れ、めきめきと頭角を現す。手掛けるものは悉くヒットさせ、すぐに有名タイトルやシリーズデザインの案件もくるようになる。
過去最高実績――昨年対比四〇〇%をだしたことから【四〇〇】というあだ名もついた。
ヴィレッジで磨かれた技術は、奏形創司を最短でその道の一流に引き上げていった。創司はヴィレッジの名を使わずとも、成功の階段を着実に上っていった。
ある国外紛争が、起こるまでは――――
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「ヴィレッジさん。この企画書、他の企業にもう見せましたか?」
「いえ。こちらの商会が初めてです」
ソーンラッドの自信には裏打ちの根拠があった。何故ならその企画は生前、大手玩具メーカーのプロデューサー、ディレクターから太鼓判をもらった企画だからだ。
「ですが、ここでお断りになられるようでしたら、この足でハムンブルグか、トレジャー商会にでも持ち込んでみるつもりです」
名にしたのはどちらもトップチームを抱えるメーカーだ。ハムンブルグに至っては、売りに売りまくる、あの【ビーダッド】のスポンサー会社である。
反対姿勢の社員たちは言葉を発さなかった。感じているのだ。この企画が蔵する、形容しがたい魅力を。もしかしたら何かを引き起こすかもしれない、爆弾にも似た危うさを。
ベガはしばらく黙考し、やがて――――
「勝てるんですね。貴方と、この【コードビースト】なら」
様々な想いがこもったような一言だった。ソーンラッドを引きつりそうな口元を自制する。プレッシャーで今にも胃液が逆流しそうだった。しかし。それでも口端を釣り上げて笑みを作った。
「ヴィレッジが関わる以上、敗北はありません」
「……」
ベガは立ち上がり、手を差し出す。
ソーンラッドもソファから立ち上がり、その小さな手を握り返した。
ヴィレッジの名を出した以上、もう負けることはできない。負ければアルジェを日常はもう戻らない。アルジェとその両親、今日まで良くしてくれた工場の従業員の雇用をなくなってしまう。この手には、自分の大切な人たちの生活と未来が乗っている。ここで命を賭けられなかったら……自分はこの世界でも逃げたことになる。
絶対に負けられない。
ソーンラッドは努めて悪い顔を作り、きっぱりと宣言した。
「言葉ではなく、金と名声で示すとしましょう」
ダウトムーンは総合アドバイザーとしてこの日、【ヴィレッジ】と契約を交わす。
ダウトムーンの模型事業部は、主に四つの部署からなる。
ベガをトップとし、バウトチームの運営をする『バウト事業部』。
そして、その直下に三つ。
マーケティング事業部――バウトに関わる企画運営、プロモーションを手掛ける。
兵器開発事業部――競技用フォルテギアの専門開発・試験を手掛ける。
模型製造部――兵器開発事業部と連携し、自社機体の模型《モデル》を製造から、量産・販売までを手掛ける。
ソーンラッドがまず着手したのは人材の確保だった。ソーンラッドのサポートを命じられたのは、先ほどベガと応対したバウト事業部の社員たち四人だ。
「社員のデータを見せてくれって……しかも管理者閲覧用。もう人事部カンカン。超ぉ怖ぇ」
「とはいえなぁ」
そう言ったのは若い社員たち。
茶髪で茶目っ気のあるお姉さん――チャメル。二〇才。
デカっ鼻の眼鏡お兄さん――デッカー。二一才。
「お嬢の気まぐれにも困ったもんだ」
筋骨隆々のテストパイロット兼、護衛――ダード。四一才。
「けど、お嬢の直感はバカにできないからね」
長身巨乳の姉御肌。元デザイナー部チーフ――レベッカ。二八才。
四人が見守るのは胡散臭いプラモーターと、自分たちのボスだ。
日当たりのいいテラスの一画を間借りし、大きめのテーブルセットを置く。ソーンラッドはそこを会社内の作業場と定めた。足を組み、光学書面を次々と読んではめくっていく。
見ているのは、ダウトムーン一三〇〇人分の社員データだ。
「ヴィレッジさん。新型機の開発でしたら、デザインとコンセプトを内製の仕様に沿って発注してもらえば、兵器開発部の方で取り掛かってくれますよ」
正面の椅子で足をプラプラさせているのはベガだ。顔は無表情だが、どこかワクワクした様子が伝わってくる。ソーンラッドは目を右から左へ流しながら応えた。
「ヴィレッジで結構。私たちは仕事の上で対等だ」
「じゃあ私もベガでいいです」
「ではベガ。君の質問を答えよう。答えは簡単、【コードビースト】専属の開発チームを作るためだ。このチームをバウト事業部の管轄に置きたい」
「……ああ。フットワークを早めるためか」
「明察。頭のいい子は好きだ」
「偉そうな人は嫌いです」
事業部間の垣根というのはどうしても進行を鈍化させる。
幾つもの人と手間を経由する必要が出てくる。それが一日や二日、酷ければ何週間と待たされることをソーンラッドは知っていた。
「どこの世界にも老害――失敬。新しいことをするのに異を唱える人はいるでしょう。そんな頭の固い方に、私のコードビーストは作れません」
「デザイン、アレですからね。でも私は電気が走りましたよ。ビビって」
「ありがとう。私のデザイン、は――?」
一人のデータを見て、その目と手が止まる。ソーンラッドは顎に手を当てて考える。
ベガが小さな身体を乗り出して写真を見た。
「また、癖のありそうな人に目を付けましたね」
「主任が決まった。いこう」
『ダウトムーンのフォルテは3安確証!――安心・安定・安価の市民の味方!』
このキャッチフレーズと共に、ダウトムーンのフォルテは認知度を広げた。
主に倉庫業務や運搬業務用。ターゲットを絞り、良心的な値段設定が功を奏し、会社の経営は黒字にまで回復した。そんな会社の稼ぎ頭である兵器開発部は、社内の花形部署だ。
しかし、数年前に発足された模型事業。それが社内に軋轢を生んだ。発足当初は期待に期待されたが、蓋を開けてみれば連戦連敗……莫大な予算を投入し、自社販路まで構築したのにこの始末だ。
頼みの模型《モデル》も売上ではなく、在庫を積み上げるばかり。
『{模型《モデル》の方の}開発部』
そんな陰口が、お荷物のレッテルと共に貼られてしまった。
当然、そこから生まれる不満は『勝てないバウトチーム』や『のろまなマーケティングチーム』、何より、それらを統括する『お子様司令官』に向けられていた。
「――――ということで、このヴィレッジさんを総合アドバイザーとし、模型事業の起死回生をかけた【コードビースト計画】を打ち出す運びになりました」
ベガはビジネスライクに事情を説明する。隣に立つのはソーンラッド。二人の背後には、バウト事業部のチャメル・デッカー・レベッカ・ダードの四人だ。
ベガが話しかけているのは、{模型《モデル》の方の}兵器開発事業部である。
部屋一面に事務机が並ぶ。席に着くのはツナギを着た体格のいい整備スタッフたちだ。音楽を聴いたり、雑誌をよんだり、机に脚を投げ出したりとやりたい放題だ。
ベガの前に立って話を聞いているのは、ここを預かる初老の室長だけ。
顔にサンマ傷、ダードと同じくらい筋骨隆々の整備員である。
(場末の不良教室か。いい大人がどいつもこいつも……)
アルジェの工場と比べたら天と地の差だった。活気も、実りある意見の交換も飛び交わない。誰も彼も、拗ねた子供みたいな顔をしている。
「はぁ」
ここを預かる室長の一声はそれだった。
「ま、うちらは卸してくれたものをフォルテにするだけなんで。いつもみたいに勝手に作って、勝手に卸してくだされば」
敬意などまるで感じられない。形だけの上司にはへつらうことさえ憚られる。室長までもがそんな態度だった。
「ガンダー。お嬢に向かってなんだ、その態度は」
強面のダードが凄んでも視線など向けない。どこ吹く風といった様子だ。
ソーンラッドは考えていた挨拶をいうのを取りやめる。スタッフ一人一人の顔を見ていった。目的の人物の席は、部屋の片隅に追いやられるように置いてあった。
ソーンラッドは散らかった室内をずんずん進んでいく。部屋の片隅には顔にタオルをかけて眠っている社員がいた。
「が―! ごー! がー!」
大きないびきをかいている人物。ソーンラッドは耳元で大きく手を叩いた。
「うぉおお! なんだ、びっくりしたぁ」
タオルを取った顔は三〇半ばほど。分厚い眼鏡に、エラが張り気味の男性だった。
「ドレッドル……マツキさんですね?」
ソーンラッドは紳士然と声をかける。
「あ、そうです。ども」
マツキは椅子から立って、ボサボサの頭を小さく下げる。
眼鏡は手油がつき、髪にはフケがついていた。机の上には3Dデータが何十と浮かんでいる。何十というフォルテギアのパーツデザインだ。好きなことだけをとことん突き詰める。きっとそんな人なんだろう。ソーンラッドはマツキの人と成りから彼の人柄を想像した。
「戦略アドバイザー殿が御用だとよ! 粗大ごみ!」
「なんだとダッディ、てめー!」
誰かが飛ばした野次に、マツキは声を荒げる。開発事業部に意地悪な笑い声が広がった。遅れてベガたちが後ろにやってくる。
ソーンラッドは背後を振り向き、マツキを馬鹿にした者を見た。
「今、野次を飛ばした方。こちらへ来てくれますか?」
二〇代後半くらいのスタッフが立ち上がる。威圧感たっぷりにソーンラッドの前までやってくる。太い胸板を突き出し、ポケットに手を突っ込んだ。
「なんでしょー! か!」
「ダッディ・ブラウン。二七才」
「?」
「ダウトムーン製のフォルテギア、四種の駆動系に携わり、新タービンの考案で燃費比率を七パーセント減に成功。機体の生産コストを下げ、売上の面で大きく貢献した若きエース」
「え? おお……!」
その整備員は思わず気勢を削がれる。
「そこの貴方はランバー・ライアン・三三才」
ソーンラッドを横目で見ていた、黒人の人物に視線を送る。
「装甲の研磨処理の腕を見込まれ、こちらのプロジェクトへ抜擢された外装周りのスペシャリスト。バウト関連で開発された競技用フォルテにも、貴方の装甲が多く採用されていた。中でもⅠ堅型の耐久データは、あの軽さで申し分ないと私も思いました」
彼の視線が鋭くなる。デッカーとチャメルが小声で話す。
「もしかして社員のデータ、覚えちゃったとか?」
「頭良さすぎロッティ?」
ソーンラッドは続けていく。
「貴方はメアリー・ジュン――そこのヘッドホンの貴方はサンダー・ガッド――」
目についた社員のプロフィールを浪々と唱える。気だるげだった室長の目つきは変わっていた。後ろにいたベガは感心するように小さく頷いている。
「――そんな優秀なスタッフの方々を前に、たいへん恐縮な話なんですが」
ソーンラッドが言いながらマツキの肩に手を置く。マツキは「ハ?」と声を漏らした。
ソーンラッドはベガに聞く。
「ベガ。マツキさんの給料を三倍に引き上げてください」
「わかりました」
場が一気に凍り付く。マツキの顔が驚きのあまり、古典ホラータッチに変わる。他にも、思わず席を立つ者。食い気味になるものと、場の空気が反転した。
「え、お嬢ずるーい!」
チャメルが率直な感想を上げる。ソーンラッドは咳払いをしてから続けた。
「今日付けで彼にはここを抜けてもらい、開発主任という立場で我々のコードビーストに参画していただきます」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。アドバイザー」
初老の室長が態度を改めてやってくる。給料三倍は聴き捨てならなかったのだろう。
「そういう話は段取りってもんが」
「私のデザインする機体は、ある種の適性がいります。それにマツキさんの才能はフィットしていると判断しました」
どよめきだす開発部。主任は怖い顔を更に怖くした。
「しかしマツキは波があるッつうか。この半年だって――」
「存じてます。マツキさんはここ半年のタスクから外されていますし、その判断もおおむね正しいと思います。ですが、私はこのプロジェクトの定めた仕様に、マツキさんの適性があってなかっただけだと考えています」
言いながらマツキに視線を戻す。
「貴方がベガに挙げ続けていた設計案、とくに藍の月に出した社内コンペ用のものは秀逸でした。こういう、ぶっとんだものを考える人で無いと私にはついてこれない。何よりも、貴方からは物創りに対する熱意を感じる」
言いながらソーンラッドはスタッフたちに視線を戻す。
「ここにいる皆さんは優秀な方ばかりです。しかし、熱意の消えたクリエイターを私は、{出がらしの茶葉}だと考えています」
まさに慇懃無礼。辛辣なコメントに面々は色を変える。
「色が出たらラッキー……その程度の方々に、私の企画は預けられない」
アルジェの未来が掛かっている。アルジェの家族の生活が掛かっている。
ヴィレッジという、ソーンラッドにとって《命》が掛かっている。
「今回の話はバウト事業部の起死回生をかけた大勝負です。相当な速度感を持って事に当たりますので、皆さんのモチベーションを整える工数は持てません。そのままのスタンスで結構。ただ作ればいいだけの状態で設計は降ろします」
まるで挑発するような物言いだった。ソーンラッドを睨む社員も出始めていた。ここにきて、ソーンラッドは初めて、彼らに聞く体勢が整ったと思った。
「社内の評判。世間の目、それらを変えたいのなら、私、ヴィレッジという勝ち馬を皆さんも利用すればいい」
声が震えそうになる。自分よりも体格のいい大人たちに睨まれているのだ。当然だった。しかし引けない。負けられない。
ソーンラッドは去勢を意地でも壊さずに、本心を彼らにぶつけた。
「成果物で私を殺してください。私は使える人材をとことん贔屓します」