03
玩具経済社会――タイラントの経済は模型《モデル》を中心に回っている。
その経済構造の中軸になっているのがこの【バウト】だ。
『さー! 本日のメインイベント! ダウトムーン・ベルデVSハムンブルグ・ビーダッドの再販戦が行われてまいります』
『見てください! ビーダッドのエルメンテは予約開始から、予約がとまりません! 先週発表した新型、ベリオンドMk4も売り上げは好調でしたが、再販戦も期待大。さすがは発売二週間で売り切れた機体であります』
モニターの実況と共に映っているのは、赤と青の折れ線グラフだ。青の線が急上昇しているのがわかる。
『子供から大人まで、ビーダッドの機体が支持されている証拠ですね』
バウトは、試合に模型《モデル》の売上数が中継される。
対象となる模型《モデル》は、その試合に出場する両チームの機体だ。試合の様子はドームから、タイラント中のお茶の間に届けられる。試合で活躍することができればそのプロモーション効果は絶大だ。
『ビーダッドは圧倒的な戦力で踏みつぶす、爽快な試合が多いですから。今晩の売上も過熱が見込まれます』
観客を魅了すればするほど、模型《モデル》の売上が伸びる。
バウトとは企業VS企業による、模型《モデル》のプロモーション対決といえた。
『対する、ベルデは災難と言えます』
『急遽の【予約戦】取り消しでしたからねー。対戦相手がいなかったとはいえ、ビーダッドと対戦カードを組まされるのは……不幸としか言葉がみつかりません』
『ダウトムーンは初出場のグラップラーと共に、新型をお披露目すると発表していましたからねー。本日も量産型ダムスで出場です……せめて市場の在庫を少しでも捌きたいといった心境でしょう』
観客席で見守るソーンラッドは、黙れと内心思う。
聞けば聞くほど状況は最悪だった。
アルジェの在籍するベルテは弱小と言わざるを得ない。下位ランキングをずっとうろうろしているバウトチームだ。調べればここ一年は、余計に戦績不振が続いている。
起死回生を狙っていたのだろう……機体もグラップラーも一新し、今宵のバウトで華々しく模型《モデル》販売に踏み切ろとしたら――
《デザイナーが逃げたんだって。ハハ……》
アルジェの話を思い出し、ソーンラッドは泣きたくなる。
新型機は完成せず、人気も無ければ性能も凡庸な機体でアルジェはデビュー戦に出ることになった。しかも相手は……。
「ビーダッドのアマネ・ミルクとか……どれだけアイツ、運が無いんだ」
アマネ・ミルク。
戦場のショーダウンの異名を持つ、ビーダッドのエース。
バウトが嫌いなソーンラッドでさえ知っている、スターグラップラーだ。
バウトの試合は基本5対5となっているが、ベルデが一機しか出場させられなかったため、ビーダッドからもアマネだけの出場となっていた。
誰の目から見ても、ビーダッドサイドのお情けだと思われている。
(どう考えたって無理ゲーだ。詰んでいる)
ソーンラッドは祈るように手を組み、噛む唇を隠した。
コロシアムに広がるのは廃墟だ。試合場はその日の対戦で変わる。砂漠エリアであったり、市街地エリアであったりと様々だ。今宵の戦場は、壊れた建物が広がる廃墟エリアとなっていた。
廃墟に背を預け、銃身のコックを引くエルメンテ。
アマネが駆るフォルテギアだ。
全長二三メートル――小さなアパートよりもずっと背が高い。
人型の汎用器は、マッシヴで中肉中背のデザインをしている。グレーのカラーリングで胸部から頭部、臀部の装甲が厚い。
バイザーと一体化した頭部のデザインが、この上ない人気を博している。
コックピットにいるのは、銀髪の少年。もしくは少女。
年齢は十代後半ほど。美しい顔は、非常に中性的で性別が断定できない。公式プロフィールでもアマネの性別は不詳となっている。
肌にフィットするダイバースーツのような服に、プロテクター状の生命保護キットが一体化した服――これはバウトコスチュームと呼ばれる、グラップラーの戦闘服だ。
アマネはこちらから出向くことにする。
アマネが操るエルメンテが、百貨店ビルの陰から出る。ひび割れた街道を進み始めた。
見つけろと言わんばかりに堂々と。戦場のど真ん中を突っ切る。しかし、それは自信の表れ。対戦者であるベルデの機体はお世辞にも高性能とは言えない。コストパフォーマンスが売りの典型的な量産機。一対一となった本日の試合は『正面から豪快にねじ伏せろ』というのがスポンサーからのオーダーだった。
『つまんない』
エルメンテから洩れるアマネの不満。
廃墟の道路をエルメンテがしばらく滑走する。標的がビルの陰に隠れていた。
――僅かに覗くライフルの銃口。――光を反射する、胸部の装甲。
『終わりッ』
銃口がこちらを向く前に、エルメンテが肩後ろにマウントしている大口径のライフルを正面に構える。即座に発砲した。踏みしめた踵がコンクリートを削り、一発の砲弾がビルを貫通……敵機の胸部に命中した。次の瞬間、廃墟ビルが爆発する。
『アマネ! 開幕と同時に発砲ーっ!』
『今のは直撃でしたね』
爆風に煽られた敵機の破片がエルメンテの装甲を叩いた。黒煙が視界に広がる。エルメンテが大口径ライフルを肩後ろに戻した、その時だった。
『やぁあああああああああああ!』
『!!』
突如降ってきた少女の気合と、巨大な機影。
『――!』
エルメンテの頭部バイザーにヒビが入る。斜めに一閃されたのはフォルテギア規格のアーミーナイフ。
『なんでッ!!』
アマネの驚愕が響いた。
ビルの屋上を潰して降ってきたのは、ベルデの量産型ダムス――アルジェだ。
エルメンテの一回り小さな機体、砂漠色の機体。胴長短足の安定性に寄せたイメージ。本来のデザインなら頭と同体が一体化した、フォルムをしているのだが――
『ダ、ダムス⁉ ダムス奇襲――――! あの大爆発でやられてなかった!』
『しかもこれは――っ!』
実況の声が響く。アマネもコックピットで愁眉を寄せる。
モニターに映るのは、{頭部から胸部が剥がされた}ダムス――コックピットが露出し、グラップラーであるアルジェの頭が覗いていた。
真っ赤なバウトスーツに、目元をバイザーで隠している。
『前部装甲を、デコイに使ったッ⁉』
『どりゃあ!』
エルメンテの胸部にダムスの短い足が叩きこまれる。エルメンテがたたらを踏んで、後方に下げられる。ダムスは飛び掛かり、エルメンテが左手に下げていたアサルトライフルの銃身に、アーミーナイフを突き刺した。エルメンテが銃を離すと、ダムスもナイフを離す。
二人の中間で、ライフルが爆発する。
『ダムス、自ら装甲を外して強襲~!』
コロシアムに観客の大歓声が沸き起こる。
実況も興奮気味に、アルジェのバウトネームを叫ぶ。
『すごい! とんでもない! イカレているぞ、ルーキー! アージェ・メルヴェ!』
『非常時の有視界戦闘に切り替え、前部装甲を自機に見立てていたようです! しかし、これでは防御力はガタ落ち! 少しのミスで強制脱出が働きます!』
『『くっ!!!』』
アルジェとアマネの声が重なった。
エルメンテが薙ぎ払うように右腕を振る。対するダムスは、潜るように上体を下げて回避。そのまま、脚部側面に収納されたスレッジハンマーを引き抜いた。
『でぇええい!』
アルジェの掛け声と共に、ダムスがエルメンテの側頭部目がけてハンマー一閃した。
『くっ!』
エルメンテはそれを張り手で受け止める。
豪風と衝撃が巻き起こった。雑居ビルのガラスが氷を割るように広がる。エルメンテとダムスの足許に、ガラスの破片が雨粒のように舞い落ちる。
『すこし、驚いた』
『!!』
掴まれたスレッジハンマーはビクともしなかった。エルメンテと対峙するダムスは手を振り抜こうと足掻くが、空回りするモーター音が空しく鳴り響く。
『出力が⁉』
アルジェの悔しそうな声が漏れる。エルメンテによってスレッジハンマーが奪い取られた。次の瞬間、ダムスの左肩がハンマーによって潰された。
『きゃあああああああああああ!』
ダムスは吹っ飛ぶ。外れたフォルテの左腕は弧を足掻き、オブジェクトである廃車のボンネットを潰した。エルメンテが悠然とダムスに近寄ってくる。
『今度はアマネが逆襲ーっ!』
実況の声をBGMに、中波したダムスの前にエルメンテが立つ。しかしアルジェはまだ諦めていなかった。
『まだッ!』
ダムスの脚部タイヤが急速発進……ダムスがコマのように回転し、エルメンテの足を払った。
『ッ!』
『えぇい!』
左腕のないダムスが体勢を崩したエルメンテにケンカキックを仕掛けた。しかし、エルメンテもまた背中を見せるように回転……振り向きざまにハンマーをかちあげた。
『きゃああああああ!』
ダムスの繰り出した右足をハンマーが砕く。鉄片や装甲板が外れ跳び、ダムスが道路に転がった。ギギギと鉄の曲がるような音を鳴らし、起き上がろうとするも……力尽きるように機動停止した。
『け! けっちゃーく!』
『悪くなかった。君、名前は?』
ダムスの残骸を見下ろすエルメンテ。アルジェは悔しさに涙を溜め、八重歯を覗かせる。自らのバウトネームをスターグラップラーに名乗った。
『アージェ! アージェ・メルヴェ!』
『わかった』
エルメンテはゆっくりとハンマー振り上げ――
『スポンサーのオーダーだから』
エルメンテは戦闘不能になったダムスの、残っている右腕・左足を叩き潰す。その演出によって会場が沸き上がった。
『試合終了~~~~~~~~~~~~~~~!』
一部始終を見ていたソーンラッドは放心する。
『戦場のショーダウン! 今宵も冷徹な死刑執行で幕を閉じました!』
「そん、な……」
頭を抱え、自分の髪を掴む。絶対に負けられないデビュー戦で……アルジェは誰もが予想していた敗北をタイラント中に晒した。